「楢山節考」が描くいのちの倫理|羽村市の接骨院

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「楢山節考」が描くいのちの倫理

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こんにちは。まろん鍼灸接骨院です。

今回は、深沢七郎の「楢山節考」についてです。

「いのちを尊ぶ」というとき、それは「個」のいのちだけを意味するものではなく、日本には伝統的に、循環するものとしてのいのち、という見方も存在します。

深沢七郎の「楢山節考」を読み解きながら、その意味を追ってみたいと思います。

 

 

 

 

「個のいのちを尊ぶ」という欧米の伝統的な生命倫理の考え方に対して、日本の生命倫理の基礎にはそれとは異なる側面があります。特徴的な思想として、共同体としての「いのちの循環を守る」という意識があります。人は衰え死ぬことによって、その場所かを次のいのちに譲っていく、という考え方です。

 

この思想を実に見事に描いているのが、深沢七郎の「楢山節考」という物語です。

舞台は近代化以前の信州の貧しい山村。この舞台では、70歳になると自ら山の神のもとへ行く ー 子に背負われ、山に捨てられる ー 「楢山まいり」という習俗がありました。そしてこれを嫌がる老人や、子や孫が多い者、ひ孫のいるものは軽蔑される。楢山まいりは子・孫の暮らしのためであり、自らの名誉を守ることであり、また山の神が喜ぶことでした。

 

主人公のおりんおばあさんは、間もなく70歳。山へ行くことを進んで受け入れるつもりでいましたが、息子・辰平の嫁が少し前に亡くなり、孫たちの世話をどうするか、ということが気がかりでした。

 

楢山まいりを迎える半年ほど前、お盆とそれに先立つ村の夏祭りの頃に、おりんの出身地の村で後家が出た、との知らせが届き、早々に辰平のところに嫁が来てくれることになります。現代とは全く異なる結婚観ですが、「限られた人間が共同体を維持するために、各々の役割を果たす」のは当然のことと考えられていました。やってきた玉やんは大変よくできた嫁さんで、おりんは一安心。そして丈夫だった前歯を石臼にぶつけて折り、老いて山へ行くための準備を整えます。

 

半年が過ぎ、あと数日で正月を迎えるという日に、おりんは楢山まいりを行います。楢山まいりには、「決して口を利いてはいけない」「山で別れたら、運んだ子は決して後ろを振り返ってはいけない」といったいくつかの決まりごとがあります。お互いを強く思いやりながら、おりんと辰平は楢山へと赴くのですが、この場面が実に美しく描かれています。

やがて深く山に入り、岩陰に降りたおりんは、しぶる辰平の手をしっかり握りしめたのち、強く押し返します。

途中まで下りてくると、雪が降ってきました。村に伝わる歌によれば、「楢山まいりをするときは、雪が降ると運が良い」とされている。それを見て辰平は我慢できずに、振り向いてもう一度おりんに会いに行きます。ただ一言、「雪が降ったぞ!」と伝えるために。おりんは「帰れ、帰れ」というように手を振りますが、最後にお互いの気持ちを交わし、辰平は一気に山を下っていきました。

 

 

この物語は、いわゆる「姥捨山」伝説とつながっています。戦前の日本の貧しい農村・山村で、例えば飢饉が起きたら、食料を奪い合って生きていかなければならないような環境があった、ということを前提としていますが、「限られた資源の中、個が生き続ける、欲望を満たし続けることは、共同体の存続、そして未来の世代のいのちのためにはそぐわない」ということが強く意識されていると思います。それはすなわち、他者のいのちを尊ぶことで、自らもその一部である共同体のいのちが尊ばれる、という考え方です。

 

ところで、日本人には、年をとってくると「若い世代に迷惑をかけたくない」と感じて、子どもたちの世話にならず施設などに入ろう、と考える人も少なくないようです。その一方で、近年は、例えば延命的な治療は受けず、在宅ケアを選びたい、という要望も増えてきているようですが、実はこれもまた「次世代に余計な負担をかけたくない」という心理に基づいているのではないでしょうか。

 

「楢山節考」の世界であれば、隠居・別居という方法は、自ら死へ向かっていくことになりえましたが、物質的に豊かになり、医療が高度に発達した現代社会では、施設や病院に入ることでかえって手厚い医療を施されて生き長らえ、家族たちとのいのちの交流だけが絶えてしまう、という状況にもなりかねません。

 

むしろ家族のもとを離れない在宅ケアの方が、残される家族への思いから過剰な医療は抑えつつ、家族との心の交流は最期まで大事にできる、ということにつながるのではないでしょうか。

 

 

姥捨山の話は、表面的に見ると「高齢者への配慮を軽んじてよい」とも受け取れるわけですが、「楢山節考」の物語からは、情の通い合いが大変大事にされていることが伝わってきます。単に「次の世代に負担をかけない」という考え方とも違う。何を次の世代に伝えていかなければならないか、がとても強く意識されている。その「いのちの循環を守る」という意識は、現代に生きる私たちの中にも息づいているのではないでしょうか。

 

 

 

 

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